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2005年5月12日 (木)

「脳からみた心」山鳥 重(あつし)

「脳からみた心」山鳥  重(あつし)                NHKブックス

  「記憶を失う」とはどういう事なのだろうか?  脳が記憶するもの消し去るもの、その分岐となる準拠、無意識の世界で選別される微量な差とは? 
  人は自分自身に起こった事もほとんどを覚えているわけではない。あらかたは忘れてしまうものだ。記憶になければ、それがたとえ事実であろうと無かったと同じこと、現実に存った事も人生から消えてしまう。

  脳が言語によって意味付けするもの、物を見る事、知覚する事、それらを形づくり意識として形成されるもの、 脳に関する機能、一つ一つの現象が非常に分かり易く明らかにされる。

 山村氏は書く、 「いろいろな現象に別の現象の徴候を見るのは人間の変ることのない本性である。人を見るときもそうである。相手を等身大の、そのままの存在として見ることはわれわれのもっとも苦手なことである。逆に相手を分類し、ラベルを貼るのはわれわれの得意なことの一つである。つまり自分の尺度に合わせて、相手を解釈し、記号化してしまう。」
 
 何を選び何を切り捨てて来たのか、無意識に脳内に刻み込んだ「記憶」もまた、その人の人生の背景・心象世界の存り方を端的に示す。 「私」という極めて狭義な尺度、それがかたち造る言語世界。

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