文身(入れ墨) 霊的意味 『漢字百話』
『漢字百話』 白川静 中公新書
『魏志倭人伝』に見る「文身黥面(入れ墨)考」
に関して、ずっと考えていましたが、面白い本をみつけたので紹介します。
もともと「文身」の【文】という文字の「×(バッテン)」が、霊界に入る人の聖化の方法として、その胸郭に朱色で記号を加えた形が「文」であると、この白川静さんの『漢字百話』(中公文庫)では説明されております。
朱(丹)が、佐賀の吉野ヶ里遺跡の墳墓から発見されたように、邪気祓い、呪術的な意味を持っていたことは分かっていましたが、身体にも朱で印を付け、埋葬したんですね。
人が産まれた時も、その額に印をつけ、邪霊の依り憑くのを祓ったとあります。この本は漢字の発生、成り立ちが書かれているのですが、【産】の字の上の「文」は、そうした「×」の印しであったのですね。
そもそも「文字」そのものが、邪気を祓う儀礼的、呪術的記号から始まっていて、文字を書く、「文章」の【章】の字も、白川さんは『辛(はり)によって、皮下に色素を注入する入れ墨を言う字である』と書かれています。
文字の発祥がそもそも、文身(入れ墨)と大きくかかわっていたのですね。
ちなみに「辛(つら)い」という字が、【辛(はり)】という入れ墨を表す字であったというのも、興味深いことです。
どうやら【辛(はり)】というのは入れ墨による刑罰を示すらしいのです。
文
+
確かに「辛」を分解してみると、文(×)を+差し込んでいる漢字ですね。入れ墨を刺すということはかなり痛いことですから、やはり「辛い」。
更に白川さんは、この「辛」という漢字に「口」←(ただしくは祝器、「うけい」としての象形文字)を合わせて「言」という漢字ができたと言われておりまして、「言葉」と「文字」「文身」が、全部呪術的な世界観の中から発生してきているというのは興味深いことです。
本来は呪術的な「神」に近づくためでもある「文身」が、一方では「神」の刑罰として施される。
吉岡郁夫氏の『いれずみ(文身)の人類学』によれば、アイヌの女性は倭(大和の男)に連れ去られぬよう入れ墨をしたと言います。口の周り一面の入れ墨は、見慣れぬ者にとっては異様で、やはり近寄りがたい。大和の男を近づけさせない効果は多分にあったでしょう。
吉岡郁夫氏の『いれずみ(文身)の人類学』によれば、アイヌの女性は倭(大和の男)に連れ去られぬよう入れ墨をしたと言います。口の周り一面の入れ墨は、見慣れぬ者にとっては異様で、やはり近寄りがたい。大和の男を近づけさせない効果は多分にあったでしょう。
厄よけ、魔よけ、更に琉球では入れ墨をしていないと、「死後、あの世にいけない」という言い伝えもあったようで、これは白川さんが書かれている『霊界に入る人の聖化の方法として、その胸郭に朱色で記号を加えた形が「文」である』ということと合致します。
もうひとつ、この『いれずみ(文身)の人類学』にはポリネシア、ミクロネシアなど特にマルケサス諸島、イースター島、パプアニューギニアなど、南方の入れ墨も紹介されていましたが、温かい地方ほど肌の露出も多く、全身くまなく入れ墨をしていることです。
ここには装飾的意味もあったでしょうが、できる限りたくさん入れて、体を守るという意味も大きかったと思われます。
『耳なし芳一』が、体中にお教を書いて魔物から逃れようとしたように、古代の人々も体中全身に入れ墨を入れることで、より呪術力を高めようと考えたのかもしれません。
「文字」と「魔よけ」、もともと“「文字」そのものが魔よけであった”ということでもあり、「文字」と「文身(入れ墨)」、その「霊的意味」は同じであったのですね。
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