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2007年7月 3日 (火)

『宇宙に隣人はいるのか』ポール・デイヴィス

Photo_19   アリストテレスは我々のこの世界が宇宙の中心と考えていました。ガリレイが『天文対話』http://saturniens.air-nifty.com/sennen/2007/06/post_5fe8.htmlの中で盛んにアリストテレスを批判していたのもそこなのですね。しかしアリストテレスは紀元前4世紀の人です。万学の祖アリストテレスですら地球が動いているなどと考えもつかなかった。世界は一つでなければならなかったからです。 

  今や宇宙電波鏡で何十億光年の彼方の信号を受け取ることも可能な世の中になりました。星をカタチ造る暗黒物質の存在も確認されています。地球は宇宙の中心どころか、端っこの小さな星ということも分かりました。では、さて、その広大な宇宙に生命は存在するのでしょうか。我々人間と同じような高等生物はいるのでしょうか? 『宇宙に隣人はいるのか』というような題を見ると、まるでよくあるUFOものかSFなどの突拍子もない内容の本にも思えますが、そうではありません。実に真面目な物理科学の本です。

  暗黒物質は銀河が形成される母体と言われていますが、アインシュタインの相対性理論そのままに、光の進路を曲げて観ることのできる「重力レンズ」の開発は、それまで見えなかった宇宙の果ての星の存在まで観ることができるようになりました。宇宙の大規模構造を考えるに、当然地球と同じ条件、同じ環境があったなら、同じように生命が誕生していると考えて不思議はありません。しかし結論から言えば、それは無いというのが科学的見解なのです。
 ハッブル電波望遠鏡が開発された頃から、宇宙からの電波をキャッチしようという研究が多くなされてきました。それは人間と同じ高等生物の知能があれば、彼らも我々と同じように宇宙との交信を試みるだろうと考えたからです。カール・セーガンのボイジャー計画のように、人間の男女の絵や音楽など積み込んだ探査ロケットが宇宙に放たれました。
 しかし今は、80億光年の彼方から届く微細な電波源は回転する中性子星ということが分かってきました。我々人間が感知できるビッグバンの端の端の宇宙が膨張している先端からの電波は“高等生物”からのものではなく、それは太古の昔の宇宙のビッグバンの名残を今に知らせてくれるものだったのです。
 もちろんそれが人為的な電波ではなかったとして、“彼ら”はそのようなものを流していないだけかもしれず、「電波」という方法を取るとも限らない。他の惑星の生物と「コンタクト」を取りたいと考えるような生物ではないかもしれないのです。非常な低温、水の無い環境でも生きる生命体というのはあるかもしれない。それはとうてい人間の想像の域を超えていて、我々の地球環境だけで推測していてもしょうがないのでは? という考えも中にはあるのです。『パンスペルミア仮説』と呼ばれているもので、もしその仮説が正しく、どんな環境でも生命が誕生する可能性があるなら、同じ原子で構成されている宇宙のどこにでも生命が誕生していていいハズだ。今のところそのような存在は確認されない。

 私たちは一分一秒同じ時間を生きてはいない。地球発生以前のビッグバン特異点に時を戻すとして、全く同じ状態、同じ条件を用意すれば生命は誕生するだろうが、火星には生命が誕生しなかったように、何かがほんの少し違っていても生命は誕生しなかったに違いない。生命の誕生は、実に希な、非常に特異なことだったのではないだろうか。私たちが生きてきた時間は決して繰り返さないように、過去にも未来にも決して同じ時間というものは無い。「私」という存在はこの宇宙でたった一度のものであるように、宇宙の歴史も決して同じ条件の同じ時間は一度足りとも無く、地球はただ一度一回限りこの宇宙で存在し、この星でのみ生物は生まれたと考えられるのではないだろうか。

 太陽熱からの適度な距離、生命の生存を守る大気圏層、適度な気温、水と空気、生体に必要なアミノ酸の合成、これらはすべて必要欠くべからざる条件だった。偶然の一致で生命は発生するのではなく、そうしたあらゆる条件が揃い、要件に合って初めて生命は発生するのだ。
 とはいえ、あまりに謎が多いのも事実だ。珪素や窒素、酸素や炭素、宇宙に大量に存在する物質から、やがて初期の葉緑体から光合成、そこまでは良いとして、アミノ酸合成により生物が発生するや、それは進化という形をとり、更に高度な生命体へと変化させてきた。その「自己組織化」は何故可能であったかということだ。一体どのようにして「知性」を持った高度な生命体は生まれたのか。
 しかしその前に、そもそも物質がくっつくとはどういうことか。原子はどんな物質の原子も同じ原子である。それが合わさり様々に変化する。合わさり具合のほんの小さな違いで、別の物質としての様相を見せていく。宇宙の物理法則は、ビッグバンで放出されたチリやガスを固め、原子が引き合う力によって星を造り、鉄や炭素を創り、水を造り、生命を発生させた。更にそれだけではない、単体であったはずの生命を進化させ、言葉を持ち道具を開発し、宇宙の果ての電波まで収集する、人間のような高度な「脳」を持った生物へ変化させたのだ。

 ここで「カオス理論」が登場する。カオスの基本的な性格、非線形の要素とフィードバックはカオスを生み出す。著者はこの「自己組織化」こそ、宇宙の摂理と言う。混沌の中から秩序が生まれる。バラバラにあったチリやガスは重力という自然の法則によって引き合い、分子同士が強く引き合う力によって物質を形成する。宇宙ではすべてのモノゴトがより高度に組織化され複雑な状態へと向かう。生命体は自分で神経系というニューラル・ネットワークを築き、より鋭敏な感覚器官を創り、最後には「脳」という高度に発達した「考える器官」も創りあげた。
 自発的に組織化するこの機能こそ宇宙を創り、生命を創り、脳を創り上げてきたものなのだ。それは人間社会でも同じ原理が働く、人はバラバラに存在することなく集団を形成し、社会秩序の中で生きる。人は必ず誰かを必要としてつながる。コミュニティの中だけではなく、どんな遠くの人ともつながりたいという欲求を持っている。ネットワーク網はどこまでも広がるのだ。
 とするなら、宇宙の原理は二つあることになる。一つは物質が固くくっつき合う「引き合う力」。もう一つは、どこまでも触手を伸ばし「つながろうとする力」。限りなく「内」へ向かう力と「外」へ向かう力。この相反する「力」の作用が宇宙も人も動かしている元だ。
  ビッグバンは宇宙に多大な物質を拡散した。今も宇宙は膨張を続ける。その過程で散り散りになった物質は、膨張の渦巻きの中でカオスの淵に集まり、近づいた者同士は引き合いくっつき固まって、様々な物質を創り、星を形成していく。巨大な星の周りには小さな星達が惹きつけられ、その周囲を廻る。こうして宇宙の大規模構造の中の片隅に銀河系はできあがり、太陽系ができあがり、地球に生命が生まれた。

 さて、では「宇宙人」はどうなったのだろうか。宇宙原理に基づけば、カオスのフラクタル構造により、必ず不安定な状態も周期化し収束してゆくはずだ。つまり同じ物質同じ環境があれば同じ様な生命体が発生すると言える。ただし「同じ環境」ということは、宇宙ができて地球ができたまったく同じ状態ということだ。我々人間と同じようにネットワークを構築し、宇宙の果てまでも交信したいと考える生物が存在したとして、80億光年の彼方から未だ何も届いていないということは、残念ながらそのような高度な生命体はいないと考えてもいいのかもしれない。
 著者の言う「物理法則によって姿を現す宇宙」という言い方をするならば、人間も然り、80億光年の宇宙時間を必要として出現したのであるから、同じ宇宙原理が働くのであれば、違う時代に出現したとは考えにくい。同時代に出現しているならば、何らかの痕跡が観測できているはずで、それが無いということは宇宙にただ一つ、人間という生き物を乗せた星が廻っていると考えていいのかもしれない。
 もちろんこれは、私たちが“認識する”宇宙空間の中での話しである。現在重力レンズで観測できる80億光年の宇宙内での話しとしておかなければならない。それ以上のことを言えば、「とんでも本」と同じく、またSFの話しになっていくのだ。 

 


  
 

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2007年7月21日 (土)

『なぜそれは起こるのか』:シェルドレイクの仮説:

Photo_20   「過去に共鳴する現在」という副題がついている。ポール・デイヴィス『宇宙に隣人はいるのか』 ではこの宇宙に生命体が存在する確立の低さが考察されていたが、そもそも宇宙にしろ生命にしろ、どのように形造られたかそれは謎のままである。地球上に初めて出現した単体生物のカタチ、単細胞の分裂、進化の始まり、それがどのようにしてゾウリムシのカタチになり、恐竜のカタチになっていったのか。

  それは様々な環境に則し、進化の過程で生存に有利な形質を獲得してきた結果であるとしても、何故そのようなカタチになっていったのかは分からない。ただ自然の摂理という他ないのである。
 人間の手も同じだ。足と同じDNAを持った遺伝子でありながら、どうして手と足は違うカタチになったのか。以前も書いたように、多田富雄さんの『生命の意味論』には、「海のアサリのような貝の中にも人間の目、口、手足になる遺伝子を持っている。」とあり衝撃を受けたことがあります。私たちの体は、環境に応じ変比させる事が可能な、“未発の情報”も内包しているのですね。
 つまり、どのような「カタチ」に進化することも可能であったし、たまたま最適な「カタチ」を見つけ、そこに落ち着いたとも言えるのです。
  しかし、ではその「形(カタチ)」というものは、そこに到るまでに一体どのようにして形成されたのか。そればかりではない、突然変異によってカタチが変わり生物が進化したとして、それは一つの個体にのみ起こるのではないし、一回限りのものではない。単体生物から多細胞生物へ、それはある時集団で変異を起こし、それが世代を越えて引き継がれる。その代だけでは終わらないのだ。では一体どのようなメカニズムでそれは起こるのか、そこに一つの仮説が登場した。
 それは現在ある宇宙や人間を含む自然界の形態は、過去に存在したあらゆる形態の影響を受け、継承するという「形の場」や「形の共鳴」があるという考え方だ。例えば、ダイナマイトの原料であるグリセリンという物質がある。それは決して結晶化されることはなかった物質で、結晶体は無いものと思われていたそうなのだ。ところがある時突然結晶が形成されるや、それからは簡単に結晶化するようになった。長年どうしてもできなかった結晶が、一旦できあがると、次からは簡単に同じモノができる。一体それは何故なのか?
 同じように生命の基でもあるアミノ酸も自然界に存在する原子が結合され、ある時突然結晶化してできたものだ。それまで存在しなかった物質が、一旦地球上に存在すると、そこからは簡単に同じモノが生まれてくる。偶然にできあがったものが、一過性では終わらず、それがスタンダードな「カタチ」になっていくのだ。
 こうしたカタチの継承をルパート・シェルドレイクは『形態形成場』といい、『形態共鳴』によって起こる現象と言っているのだ。本書はそれを喰代栄一(ほおじろえいいち)さんという方が解説している。

  大変興味深い話しで、ここまでならひじょうに分かり易い。ところがどうだろう、「だまし絵」というものがあります。地と図が反転していたり、何が書いてあるか一見しただけでは分からないようになっている絵です。これをクイズなどで一度でも回答があった場合、その問題を知らない別のグループが回答しても正解率があがるというのだ。しかも一度正解が出た問題は遠く離れた場所で行っても、空間的相関関係によって回答の正解率となって現れるというのです。
 要するに、一旦結晶ができあがるにせよ、今まで誰も解いたことのない問題の回答が正解になるにせよ、その「形」が一度でもできあがると、それは時間・空間に関係なく、「形の共鳴」があり、「形の場」によって、次ぎに行う人は最初より簡単に正解していくというものだ。これをシェルドレイクは「形成的因果作用」と呼び、過去に形成された「形」というものが時空を超え、現在に再び同じような形態が現れるというのだ。
  「だまし絵」の実験は1983年テレビ番組が「シェルドレイクの仮説」の正しさを証明するために、一般から募集した公開実験でした。「過去に存在したものは、現在に共鳴する」。つまり過去の正解が何らかの形として、初めてその問題にふれた人にも固定化されていくと説明する。
 その例として、もう一つ、ネズミを使い、いかに水槽から脱出するかという実験を引用します。私たちは何かをする場合、経験を積むほど学習能力によって間違いを犯さなくなります。これは人間もネズミも同じです。ではその経験は世代を越えて引き継がれるのか? これが引き継がれていくと言うのです。親の代より、子の代、孫の代と、代を重ねる毎に更に最短距離で間違いを犯さずネズミは脱出できるようになります。 
 親ネズミがそうした「経験」を子ネズミに伝えていたとは思えません。水槽から脱出することなど、子ネズミは親から知らされてはいませんからね。しかし確実に経験値は上がっていて、初めて経験した親ネズミ世代より子ネズミ世代の方が成果をあげるというのです。
 こうした実験には、それをする人が自分の出したい結果に誘導するような、意図的な作為が働いて行う場合が多いので、一回限り、同じ人がした実験結果はあまり信用できるものではありません。そのためか、この実験はさまざまな人が何年もかけてしているのです。追従の実験ばかりではなく、反証の実験もあり、中には簡単にクリアする「頭の良いネズミファミリー」と、なかなかクリアできない「頭の悪いネズミファミリー」まで作った実験までありました。
 これが不思議なことにどんな実験であろうと、やはり代を重ねる毎にネズミは脱出の成果をあげていくのです。さて、ではそれをどう考えたらいいでしょうか。果たしてそれがシェルドレイクの言う「形の共鳴」であり、「形の場」によるものなのか? 過去の世代が学習されたことが孫の世代にも反映されていくのでしょうか。形質として残っていくのは確かに不思議なことです。

 しかし、では一体どこに「形の場」が存在し、祖父や親の代の過去の出来事が現在の我々と共鳴し合うのでしょうか? 過去に形成された「形」というものが時空を超え、現在に再び同じような形態が現れる「形成的因果作用」というものが本当に作用しているなら、私たちは祖父の代より親の代より、何をするにもうんと優れていなければなりません。人類には何万年の歴史があるのですから、世界のあらゆる人がした経験を簡単にクリアできるようになっていなければならないはずですよね。ところがそうではありません。
 俄然反駁したのが、イギリスの有名な科学誌『ネイチャー』でした。時空を超えて世代に受け継がれる「形の共鳴」という現象がどこにあるのか、「形の場」があるとしたシェルドレイクの仮説に対し、それはあまりに非科学的で「焚書もの」だとを批判したのです。イギリスでは一大論争を巻き起こしました。
 
 宇宙や人間も含めた生命体が、自然の摂理によってカタチ造られていく。ここまではいいと思うのです。偶然に起こる共時性(シンクロニシティ)も「形の場」で起こるという説。自然には大きな因果律のような力が働いているという考えもいいでしょう。そして一旦「カタチ」が形成されると、だから人間はみな人間のカタチをして生まれ、ネズミはネズミのカタチをして生まれてくるというのもその通りだと思うのです。種を蒔けば芽が出て花が咲くようにできている。生命は永い宇宙の歴史をかけてそれぞれの「カタチ」を造ってきました。けれど、先祖の思考、経験のカタチまでもが子孫に現れるというのはどうなのか、人生までもが先祖の行動形態の「形の共鳴」によって起こるとなると、まるでどこかの心霊術者の言葉を聞くようで、この「シェルドレイクの仮説」は「オカルト」と『ネイチャー』から落胤を押されたのです。

 この本を読みながら思ったことは、例えばDNAが螺旋を巻き、朝顔の蔓が螺旋を巻くという、世界には似通った現象がたくさんありますが。こうした共通の現象を追求してゆくなら「複雑系」でよいのではないか。我々の世界がどのように「カタチ」というものを作ってきたかという「形の共鳴」「形の場」という考えは、「複雑系」で考えれば全部すっきり説明できるように思ったのです。過去にあったカタチが現在に再現されることの説明は物理学的に考えればついていくのではないかと思うのです。
 「シェルドレイクの仮説」は、「カタチ」がいかに造られ、引き継がれていくのかという大変興味深い問題提起をしてくれたと思います。そこで次は「複雑系」について書いてみようと思います。
 

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2007年7月26日 (木)

『こわくない物理学』志村史夫

Photo     この本は副題に「物質・宇宙・生命」と書いてあります。『複雑系』に行く前に「物質」というものをおさらいしておきましょう。

  「シェルドレイクの仮説」以来「カタチ」に拘っていますが、この本を取り上げた理由は「結晶」に関してかなり詳しく述べてあるからです。水晶に代表される鉱物など、地球を構成する結晶体は、物ができあがる過程を説明するのに分かりやすい例だと思うのですね。人間の身体を構成する高次の生体高分子も結晶構造であり、「物質・宇宙」生命」ということを語るとき、この「結晶化」ということを抜きに語れなのです。

 そもそも「物質」とは何でしょう。道に落ちている石や、川を流れている水や、生えている草や、虫や魚や、人間も含む宇宙全体を構成しているのがその「物質」ですよね。ただ同じ物質で構成されていても確実な違いがあります。それは生きている「生命体」であるか、生きていない「物体」であるか、ということです。
 人間の体のほとんどは水分と言われています。[H2O]ですよね。血液は鉄分でできています。[Fe]です。骨はカルシウム[Ca]。すると、私たちの体は自然界にある無機質な物質と同じものでできているのですよね。デカルトは「心身二元論」を言いました。物質でできている「身体」と、そうではない「心=精神」。しかし、脳の中を調べてもたんぱく質や酵素などの物質、酸素を供給する血液は見つかるかもしれませんが、「心」というものはどこにも見つけることはできません。
 体中のどこを探しても、構成されているのは「物質」だけなのです。にもかかわらず、私たちは「石」や「水」「鉄」や「カルシウム」とは違い、“生きて”います。一体こうした無機質な「物質」の中にどのように有機体として「生命」は宿ったのでしょうか?  生きている「生命体」と、生きていない「物体」を分けるものは何だったのでしょうか。それはまた『複雑系』のところで書くとして、「物質」と「結晶化」ということについて書いていきたいと思います。

 この本は「第一章:物質の根源」「第二章:物質の構造」というように、「物質」を優しく簡単に説明してくれています。ギリシャの哲学者らが万物の根源として「元素」という存在を考え、レウキッポスがこれ以上分割できないという意味の「アトモス(アトム)」という物質の最小不可分の原子を名付けたのが始まりなのですね。
 水は二つの水素[H]の原子と、一つの酸素[O]の原子とでできています。ギリシャの哲学者らは実際に原子の存在を見ることなどできなかったと思うのですが、不思議ですよね、物質を構成する「原子」の存在が分かっていたのですね。
 もっと不思議なことは、宇宙も生命も、この世に存在するあらゆるモノは、どれもこの「原子」というもので構成されているということです。我々の目には見えない「空気」も、物質で構成されていると分かるのは16世紀のガリレイの時代以降です。それは『空気の発見』(三宅泰雄)http://saturniens.air-nifty.com/sennen/2007/06/post_d9cd.html で書きましたので読んでください。

  「すべての物質は原子からできている」。ところが20世紀になり解析技術も進むようになると、最小不可分であると考えられていた原子の構造も更に詳しく内容が分かってきます。原子は「原子核」とその核を回る「電子」とで構成され、その「原子核」は「陽子」と「中性子」が「中間子」の働きでくっつき、更にそれら「陽子」と「中性子」「中間子」は「クオーク」と呼ばれる粒子でできており、「グルオン」という粒子が結びつけているということが分かってきました。つまりこれ以上分割できないと思われていた「原子」は、まだまだ分割でき、最終的には「クオーク」という粒子にまでいきついたということですね。
 ここで志村先生は物理学上の重要なことを説明されております。「物質」の“質量”と“重さ”についてです。本来“重さ”は重力で変わるから場所によって変化するもの。
 「“重さ”と“質量”は同じものではない」と確認した上で、便宜上“質量”も“重さ”もこの地球上では変わらないので、この際は同じと考えて良いそうです。結果的に同じ重さのことを言っていても、一応物理学的には「物質」は「質量(m)=mass」で考える。

  さて、では世の中のあらゆるものを構成している元素は一体どれくらいあるのでしょうか? 実はこれが驚くほど少ないのですね。自然界に存在する天然の元素は92あり、この他人工的に合成された元素が加わります。いずれにしても世の中のあらゆるモノは、せいぜい120前後のくらいの元素の組み合わせでできているのですね。ではその種類の違いは何かと言えば、「原子核」の周りを回る「電子」の数なのですね。同じ「原子核」に「電子」が一つだけ回っているものが「水素」で、「電子」が二つ回っているものが「ヘリウム」で、この「電子」の数によって別の違う物質になるということなのです。
 これらには全部「原子番号」というものがつけられていて、「1」は水素、「2」はヘリウム、というように、この番号は「電子の数」と同じになっています。「原子番号8」の酸素は「電子」を8個持っているということですね。ちなみに「金Au」は「原子番号79」、で79もの電子が原子核を回っているということになります。比重の重い軽いは当然この原子量に比例します。
  「水」は、この水素と酸素の元素が結合して生まれたモノです。ところで、水は普段「液体」ですが、熱して温度を上げれば水蒸気という「気体」になります。反対に温度を下げれば氷という「固体」になります。温度が変わることで、物質が違った様相を見せることを「相転移」と言います。『複雑系』に行く前に、この「相転移」ということをしっかり頭に入れておきましょう。          

 「水蒸気」というのは、「水」が高温のため原子が激しく動き回りぶつかり合ったりして、収拾のつかず飛び出していっている状態になっているのですね。反対に「氷」というのは温度が低くなって原子の動きがゆっくりとなり、どうにも動きがとれなくなり固定化(結晶化)してできるのです。「水」の段階では原子はとても自由で「水蒸気」にも「氷」にもなることのできる状態でいます。
  志村氏はこう書いています。「いずれにせよ、相転移において特徴的なのは、それが徐々に起こるのではなく、ある特定の温度で不連続的に突然起こることである。」
 水が氷に相転移したように、ある臨界値にくるとそこで一挙に結晶化されるのですね。温度以外にも圧力、濃度(成分比)、外部磁場などの変化によっても「相転移」は起こるとあります。
 志村先生は「この相転移という現象は、後述する結晶の成長現象と共に、“物質から生命へ”を理解する上での大きな鍵となることに留意されたい。」と言われております。「結晶化」ということ、「相転移」ということが宇宙でも生命でも関係しているということを覚えておきましょう。

 では、その「相転移」を理解するために、「結晶」と「結晶構造」というものがどういうものであるかを知らなければなりません。結晶の特徴というのは、バラバラであった原子が結合しているということです。整然と同じカタチに並んでいるものもあれば、隙間を持った多結晶構造のものもあります。いずれにせよ「自然界に存在するほとんどすべての物質、物体は結晶質である。」ということ。
 固体ばかりではなく、液体の中にも、高分子有機物質のものは秩序性のある結晶構造を持つものがあって、それがパソコンやテレビ画面の「液晶」なのですね。生命体も多結晶で構成されていると考えて良いのです。
 結晶がその形を作るのは偶然ではありません。原子の結合の条件(温度の不均一性)で水晶や雪は六角形になります。「相転移」が起こる場合、そこには温度の変化や外的なことが大きく関係していることが分かります。

 ここで、もう一度『なぜそれは起こるのか』の「シェルドレイクの仮説」http://saturniens.air-nifty.com/sennen/2007/07/post_6fbf.html に戻ってみましょう。ルパート・シェルドレイクは『形態共鳴』によって『形態形成場』で、過去にできた同じカタチのものができるのだと言いました。
 ところがこの「結晶化」を見ても分かるように、それは結合の条件によるのであって、その「カタチ」が作られるのには何らかの外的な作用が要ります。金平糖のツノは雪の結晶と同じで温度の不均衡によります。温度が均衡していたらツノはできないし、雪の結晶の六角形もできないのです。するとやはりシェルドレイクが言ったように「形の場」があって、その“鋳型”に落とし込まれるとする考えは正しくないということになります。温度差の不均一がなかったら、金平糖にはならないんですね。つまり、物質の「カタチ」というものは様々な外的な要件が重なってできていくもので、金平糖自らがつくり出す「カタチ」ではないということです。

 ゆるく“自由な状態”から、しっかり“固定化された状態”へ、相転移とはそうして起きるものなのですが、それは間違えば“混乱した状態”のまま「カタチ」を形成できない場合もあるという流動的なものであると考えなくてはいけません。

 では、物質がしっかり“固定化された状態”へ相転移する『複雑系』の話しに移る前に、更に化学的な理解も深めておきましょうか。

 


 
 

 

 
 

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2007年7月28日 (土)

『化学 その現代的理解』井本稔:岩本振武(東京化学同人)

Photo     「物理学」と「化学」を分けるものは何かと言えば、『原子とその結合までの範囲』と本書には書いてありました。明快ですね。「物理学」が“何故”ということを考える学問であるとするなら、ひたすら現象面での結果を検証しているのが「化学」と言えるのかもしれません。
  物質・生命・宇宙の『複雑系』へ行く前に、ついでですからこの『化学』と『生物』もおさらいしておきましょう。前回の『こわくない物理学』の「原子」の話しや「元素」、「結晶構造」などは化学の範疇とも言えますからね。

  さて、では「原子」の話しの続きです。
 「原子」は「原子核」と「電子」で構成され、核の周りを電子が回っていることは前回でもお話しましたね。

    (-)
     電子
     ↓
     ・    
 ●    )    )←電子が核を回る軌道 
 ↑         ・
 核           ↑
(+)        電子
             (-)
 |←n1→|    |
           | 
 |←―――n2――→|

  原子核はプラスの電荷を持ち、電子はマイナスの電荷を持っています。モノが自動的にぐるぐる回るというのは地球の自転もそうですが、太陽との重力の関係と同じように質量の大きなモノに引きつけられる物理的な力が働いているからですが、電子が回る軌道の半径(n)に比例してエネルギーも高くなります。つまり、(n1)より(n2)の軌道の電子の方がエネルギーが高いということです。
 で、この(n2)の高いエネルギー軌道から低い(n1)の軌道へ電子が飛び移る場合、そのエネルギー差に相当する振動数の「光」が放出されます。

     
 ●   ・←(移動)←・(電子)
 核      ↓
       ピカッ!
       (光)

 この「電子」の動きを知ることが「化学」で、化学反応の主役はこの「電子」ということが本書に書いてあります。で、『量子力学』を知っている人ならお分かりかと思いますが、この「電子」は粒子と波動両方の性質を持っています。
 もう一つ、これは『複雑系』へ行く前の重要ポイントですが、「電子」は右回り、左回りというように、スピン(回転)しています。また同じ軌道の中にある電子はそれぞれ別の回り方をして、二つが同じ右回り、左回りという回り方をしません。
 もう一つ重要なのが原子の結合なのですが、二つ以上の原子が結合した時安定するとあります。原子はバラバラでいるより結合した方が安定ということは、物質の形成、生命の誕生、いろいろなことを考える上で大きなヒントになりますね。

 さて、ではいよいよ『こわくない物理学』でした「結晶」についてです。よく私たちは「科学的な考え方」という言い方をします。モノゴトを明確にするためには、一つ一つ語る内容が曖昧ではいけません。「結晶」について語るときも、まず「結晶」とは何かということから始めなければならないですよね。本書ではこのように書いてあります。
 『化学で最も基本となるのは、原子の配列状態に着目する分類で、固体は大きく結晶と非結晶に分けられる。』
 では、その「結晶」とは何かと言えば、『最大の特徴は一定の規則的な原子の配列構造』ということになります。「非結晶」とは結晶ではないのに固体であるもの、ガラスなどがその典型例と書いてあります。『こわくない物理学』でもした「相転移」を思い出してください。「気体(水蒸気)」は、温度が冷やされると分子が凝集「液体(水)」に変わります。更に温度が低くなると、運動が停止「固体(氷)」になります。この時原子、分子、イオンは隙間を無くすように詰め込まれ固まるんですね。これを「最密充填」と言います。
 簡単に言えば、原子が自由に動き回っている状態から完全に停止した状態が「固体」になることで、農家がバラバラに曲がった自然のキューリではなく真っ直ぐなキューリを育てるのは、流通のための箱詰めには真っ直ぐなキューリの方が隙間無くたくさんを一度に詰め込めるからですよね。それと同じで結晶化(固体になる)ということは、原子が一番効率良く均一になって並ぶ状態と言ってもいいのかもしれません。

 さて元素の中には「遷移元素」と言って、互いにくっつき合金を作りやすい元素があります。鉄は酸素によって簡単に酸化されますが、物質を変化させる「触媒」として、常温では化合しない酸素と水素の混合気体も白金黒という物質によって激しく化合するのです。このような化合のほとんどは「錯体」と呼ばれる化合物の独特の構造に基づいているとされ、金属イオンに「配位子」と呼ばれる分子やイオンが結合したものを言います。
 この「錯体」は[complex]と表示されるのですね。あの『複雑系』のcomplexと同じです。最大の特徴は色があるということ、これは光合成をするクロロフィルがマグネシウムの錯体であると聞けば分かると思うのですが、色がついているということは光を吸収するということなのですね。植物が光合成によって成長するということを考えるなら、この光のエネルギーを蓄える物質こそ「生命」の始まりと考えることもできます。人体に酸素を供給する血液中のヘモグロビンも、鉄の「錯体」なのです。
 またこれら「遷移元素」が「触媒」として働くということは、物質に様々な変化をもたらすということであり、更にこの「錯体」が「異性体」を生じるということは、物質界に様々な違うカタチが生みだされていった大きな要因であると思われます。

 ここで今までの大きな謎、人間の体中のどこを探しても構成されているのは「鉄」や「カルシウム」「たんぱく質」という「物質」だけなのに、「鉄」や「カルシウム」と違い人間は“生きて”いること。どうしてこうした無機質な「物質」が生命を持った「有機体」として存在することになったのか、この謎がすっかり解けましたね。
 マグネシウムの「錯体」が光合成をする。鉄の「錯体」ヘモグロビンが人体に酸素を供給する。このように自律的に働く物質が登場しました。これで物質の結晶構造がどのようなものか、金属元素の「錯体」から「生命体」につながる構造も見えてきましたね。

 
 では次は、生命体を構成する「有機化合物」についてです。こちらは炭素を骨格とする化合物です。ものが燃えると「炭」になります。その「炭」が生命体を構成する重要な物質ということですから、地球上には山ほどの「生命の素」があったということですね。
 炭素の特徴として『特別容易に、自分同士の共有結合を自由にすることができる。』とあります。簡単にくっつき合い、結合するのですね。「有機化合物」は炭素(C)と、水素(H)、酸素(O)、ナトリウム(N)、硫黄(S)の4元素との結合で生まれます。硫黄などは温泉と共に吹き出すので私たちに馴染みの深い物質ですが、誕生したばかりの地球がまだ爆発ばかりを繰り返していたことを考えると、「有機化合物」というのは、原始地球に存在するひじょうにシンプル、ひじょうにポピュラーな物質からできていることが分かります。CHNでアミン、CHONでα-アミノ酸、たんぱく質の素がここで出来たんですね。
 人間の身体の細胞は全部で60兆もあると言います。では、ここからは『化学』ではなく、『生物』に移っていきましょう。

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2007年7月31日 (火)

『基礎からよくわかる 生物』田口茂敏 柴山文雄

   『化学』のところで「細胞」まできましたので、この際『生物』もしておきましょうか。この本は大学受験をする高校生のために書かれた参考書です。なので、実にコンパクトに生物のことが纏められています。まさに“基礎からよくわかる”!! なのですね。
 以前、
・岡田節人さんの『生命科学の現場から』(新潮新書)
http://saturniens.air-nifty.com/sennen/2006/06/post_64be.html や
・村上和雄さんの『生命の暗号』 
http://saturniens.air-nifty.com/sennen/2007/02/post_ef28.html
・ジェームス・D・ワトソンの『二重らせん』 
http://saturniens.air-nifty.com/sennen/2007/02/post_c6a6.html など、このブログでも「生物」に関するものを紹介してきました。この時は狂牛病を発症させる「プリオン」という「たんぱく質」に興味を持って書いています。そこで『二重らせん』にまで到っているのですが、今回は『複雑系』へ行く前の前哨戦として「生命の発生」というところから追っていきたいと思います。
 で、前回・前々回の『物理』や『化学』で「結晶」とは何か? といった基礎中の基礎を確認したように、今回も「細胞」とは何かという、生命の根源を成すところから入っていきましょうか。
 
  そもそも、生きている「生命体」と、生きていない「物体」とを区別するのは何なのでしょう? それは自律的に変化していくものであるか、どうかということです。生命あるものは「生きて」「死ぬ」んですね。日々刻々と細胞は変化しています。細胞は毎日新しいものに入れ替わっているのですね。
 椅子や机などの「物体」を人間が押してやれば、その方向に動きます。ボールも投げれば転がっていきます。が、これは自ら動いたのではありません。では「地球」は? 自律的に回転して動いていますよね。しかも誕生の時から太陽エネルギーを受け、化学変化によって地表に様々な物質を生みだしてきました。けれど地球を「生命体」とは言いません。
 「生命体」であるということの条件が本書に書いてあります。それは、外からの刺激に反応する「刺激反応性」と、熱交換のように体外から物質やエネルギーを取り入れそれを変換させる「物質交代」、その他にもう一つ重要な働きがあります。それが細胞分裂や子孫を増やしていく「自己増殖性」なのですね。自らと同型の複製を作りだしていく。子孫を増やしていく。これが「生命体」なのです。 
 
  『化学』のところで、「結晶」によって、物質が「固体化」するシステムは分かりました。そこまででは、まだ物質がどのようにして「生命体」と呼べるものに変化したのかは分かりません。しかし前回の『化学 その現代的理解』に出てきたように、クロロフィルのような自ら自然界の「光」を取り入れ、その太陽エネルギーを用いて、二酸化炭素、水と合わせ栄養となるグルタミン酸などの「有機化合物」を合成していく「錯体」の存在がありました。クロロフィルは「マグネシウム」の「錯体」でしたね。単なる金属であったものが、「錯体」となると「物質交代」をさせていくことに注目しました。
 もう一つ、人間の血液を作る赤血球のヘモグロビンも「鉄」の「錯体」でしたね。ヘモグロビンは鉄を含む色素「ヘム」とタンパク質の「グロビン」が結合してできたものです。ヘモグロビンは酸素と結合しやすく、このヘモグロビンのおかげで私たち人間の体には常に酸素が供給されているのですね。酸素が欠乏するとすぐ人間の脳は死滅し始めます。先程、「細胞は毎日新しいものに入れ替わっています」と書きましたが、脳細胞のみは違います。脳細胞は一旦死滅したらそのまま再生はしません。脳の損傷で記憶障害や痴呆が起こるのはそのためですね。肉体は生きているのに植物状態になるのもそのためです。脳が死なないで生きているのは、脳内に酸素が流れているからで、その重要な役割をヘモグロビンがしてくれているのです。
 このような金属元素とタンパク質の合成でできた「錯体」、クロロフィルやヘモグロビンの働きこそ、生命体に必要不可欠な自律性の始まりになるものとも言えるでしょう。

  地球上の様々な物質の化学反応で、各種「有機化合物」が誕生しました。人間の素となる「たんぱく質」も多数合成されます。それが自律的に動いていくのですね。
 人間の体は60兆ほどの細胞でできているそうです。細胞はうすい膜で覆われ、原形質には、一つ一つにDNAなどの遺伝子が含まれ、細胞はDNAやRNAを含む「核」と、ミトコンドリアなどを含んだ「細胞質」に分けられています。原形質のほとんど80パーセントが「水」でできており、残りの半分以上が「たんぱく質」だそうです。また「たんぱく質」の多くは「酵素」として細胞内で化学変化(物質交代)を助けます。胃液酵素が消化を助けると言えば分かりやすいですよね。
 これは村上和雄さんの『生命の暗号』でも書きましたが、DNAをつなぐ働きをするのが酵素でもあり、もう一つ狂牛病『死の病原体プリオン』のところでも、「酵素」というのはキーポイントでした。
私たちがウシの乳を飲んでも牛にはならず、牛肉や豚肉を食べてもそのままの人間であるのは、私たちが食べたものは「酵素」が消化し、新しい栄養素として作り直してくれているからなのですね。食べたウシの遺伝子がそのまま血や肉、骨になるのではなく、「酵素」がそれらのたんぱく質を分解し、その分解したアミノ酸から再び「ヒトのたんぱく質」へと合成しているのです。「酵素」の特性は、特定の物質としか結合しないということで、鍵と鍵穴のように結合する相手が決まっているそうです。厳密に相手を選別する能力が備わっているということ、そういったことも何となく頭の片隅に入れておきましょうか。この酵素が活性する最適温度が37度付近と聞くと、人間の体内で丁度良い具合に酵素が働いているということが分かります。

  さて、人間はどのようにしてできたかと言えば、細胞が60兆になるまで「分裂」をくり返し増殖していったからですよね。では「細胞分裂」というのはどのように起きるのか? そこからはじめていきましょう。
 1.まず、分裂の前に分裂の準備が行われます。細胞というのはどの細胞の中にも同じDNAを持っていますから、準備期間中にこのDNAを含む染色体を倍加させるのですね。一つの卵の中に黄身を二つ作ると考えてください。
 2.元の染色体と同じ複製された染色体ができあがると、一つの細胞の中で、それが上下両極引き裂かれるように二つに分かれます。卵の中で黄身が二つ上下に浮いている感じですね。
 3.すると、それまでの細胞膜に“くびれ”が入り、完全に二つの細胞に分かれます。

  問題はこの“くびれ”ですよね。一体何がどうなれば、一つの細胞が二つに引き裂かれるのでしょう。これも以前『進化論の見方』河田雅圭 http://saturniens.air-nifty.com/sennen/2007/02/post_7cf4.htm で書きましたが、 人間が受胎して卵子が分裂してゆくとき、細胞に切れ込みが入り、それが2つになり4つになりと、多細胞に分裂していきます。『遺伝子工学を考える』http://saturniens.air-nifty.com/sennen/2006/08/post_b3a9.html では、遺伝子を切ったり貼ったりする『制限酵素』というものがあることを書きましたが、興味深いのは河田氏がその例として「ミミズから昆虫への進化の過程で生じたと考えられる分節の変化」ということを書いているのですね。
 それは細胞分裂とは違い、ミミズならミミズのように一本の管のような長い同体を持った単純な構造であった生物が、「頭部」「胸部」「腹部」と区切られ、「触覚」「足」のように分節した部分が付属物として伸びてくるという進化の過程のことで、分節化してゆく過程で分節に不用な部分が消滅し、手足のように有用なものが伸びてくるというものです。
 人間の指は5本生えてくるのではなく、この“くびれ”が入ることで、五本の指に分節化されていく。こうした細胞死(アポトーシス)はタンパク質分解酵素が司っているのですね。ですから細胞分裂のときの切れ込み、“くびれ”の仕組みは、生命体の様々な形が作られていく一番最初の始まりであると考えていいでしょう。

 さて、細胞が分裂して増殖してゆく仕組みは分かりました。女性の化粧などに使う海に住む海綿(カイメン)は、すりつぶしバラバラの細胞にしても、再び海水につけておけば「偽足(仮足)」を出し、集まり、また完全な海綿ができあがるのだそうです。植物で考えるともっと分かりやすいでしょう。葉や枝を切り、挿し木にすればまた育ちますよね。細胞は強い再生力を持っていると同時に、どの細胞も一つ一つ遺伝子を持っていますから、自分と同じ複製を作ることができるのですね。
 細胞は増殖することは分かりました。植物は枝を折ってもまたすぐそこから新しい芽がでてきます。でもそれはどのような仕組みになっているのでしょうか? 
 それは「成長ホルモン」の働きなんですね。植物には「オーキシン」という物質があり(この発見者は『進化論』のダーウィンです!)、これが発芽や生長を促すのです。昆虫の変態もホルモンの働きですし、人間も同じですね。ホルモンが様々に体の器官に働きかけ機能するのです。アドレナリンなど脳内に働きかける物質もホルモンで、このようにホルモンには成長を助ける働きなどの他に、動物で言えば性殖のための重要な役割もします。 
 
  人間の成長ホルモンはタンパク質の合成、骨や筋肉の形成、人間の各体の器官を作り上げていく働きをします。例えば「目」を作るとか「鼻」を作るとかですね。そこにはカタチを作る「形成体」と呼ばれるものがあって、自律的に分化させていきます。「目」を作る場合、脳の左右の神経管表皮に「眼胞」という膨らみを作り、それが自律的分化によって窪みを作っていきます。これが眼球の丸いカタチ「眼杯」で、それができあがると更に未分化の表皮に働きかけ「レンズ」が入る窪みを陥入させます。
 このように、「眼胞」ができると「眼杯」、「眼杯」ができると「レンズ」といったように、あるモノができると次ぎのモノができるという「誘導システム」があって、「レンズ」ができあがれば、次は表皮から角膜を誘導して「目」ができあがることになります。植物にしろ動物にしろ、細胞が変化し様々なカタチを形成するには、ホルモンが大変高次に機能しているということですね。
 
  ずいぶんといろいろな事が分かってきました。ホルモンによって分化、カタチの形成、成長という一連の流れ、ここまでは植物も動物も同じです。でも、人間はじめ動物は、植物のように同じ場所に固定化されているのではなく、自由に動き回ることができます。この自分で移動できる“動く物”になっていく仕組みはどうなっていたのでしょうね? 
 ではここで、その最初の最初、原始的動物の代表として「アメーバ」に登場してもらいましょうか。
 アメーバはご存知のように単細胞生命です。とうぜんアメーバもタンパク質でできています。タンパク質は水や塩類溶液に溶けると「コロイド溶液」になります。この「コロイド溶液」には、粒子が分散している「ゾル」状態と、粒子がきれいに繋がって並んだ網目状(ハチの巣の六角形が繋がった状態を思い描いてください)の固体化した「ゲル」状態があり、条件によってそれが「ゲル」になったり「ゾル」になったりします。ゼリーが固まる前のドロドロ状態と、固まった後のプルプル状態を想像すると分かりやすいかもしれません。この「ゾル化」と「ゲル化」が、アメーバの“動き”に関係してきます。
 アメーバの外側の(人間で言えば皮膚の部分)外質は固まった「ゲル」になっています。内側はドロドロ状態の「ゾル」で、本書によれば、アメーバが移動するにはまずプルプル状態の先端部分の外質(膜)がドロドロ状態に「ゲル」化し、「偽足(仮足)」と呼ばれる膨らんだカタチに流れ出ます。

  (後ろ)  ⊂⊃⇒ (前)
         ↑
1.先端部分が溶けて「ゾル化」、矢印の方向へ流れ出す。
2.後方内部も溶けて「ゾル化」前方に移動。
2.流れ出た「偽足」は「ゲル化」し、外質は固まる。

 分かります?
 まずテーブルの上にゼラチンを溶かした水溶液を横に細長くこぼしたとしますね。それは表面張力で少し盛り上がっています。水はいつまでたっても固まりませんが、それがゼラチンだと次第に固まってきます。タンパク質は固まりやすい性質をしているからですね。アメーバもそれと同じです。つまり前方に移動したい場合、まずアメーバの先端がドロドロ液体状態になって流れ出ます。前方に流れ出たものを「偽足」と呼び、流れ出た後、その外側(外質)はゼリーのように固まります。また前に進むときはドロドロ液体状態に流れ出て、それが固まる。
 つまり、「ゾル化して前方に偽足を出す」→「ゲル化して固まる」→「ゾル化して前方に偽足を出す」→「ゲル化して固まる」、ということをくり返し移動するのですね。ダラダラ~と流れては固まり、またダラダラ~と液体になり流れ、固まる。タンパク質の「ゲル状態」と「ゾル状態」を上手く利用して移動しているのです。このような「アメーバ運動」を人間の血液中の白血球もしているのだそうです。

 単なる物質、結晶から、こうして自ら動いて移動する「動物」が誕生。三連続で『物理』『化学』『生物』としてきましたが、これで物質から「個体」ができあがること、物質から「細胞」が誕生したこと、同じ細胞でも植物と違い自ら移動していけるようになった単細胞生命の仕組み、ものすごく簡単に分かりましたよね?  
 多分どの『生物』の教科書もそうだと思うのですが、「細胞と細胞分裂」から始まります。「物質の構成」は『化学』で別々に習います。ですから、一体どうして単なる物質でしかない原子が結合して、生きた「細胞」にまでなるのか、更にそれがどのようにして自由に動き回ることができるようになるのかなどは、教えてくれません。専門的に分科した方が教えやすいということなのかもしれませんが、それらを全部をつなげて教えてくれると良いんですよね。こうして『物理』も『化学』も『生物』も連結して考えていけば、「物質」から「生物」がつながります。

 「細胞」の不思議は、まだまだあります。「目」の形成でもそうですが、「多細胞」ということはたくさんの細胞が結集していろいろなカタチを作るというものです。海綿のところでもしましたが、分化した細胞は同種が集まって組織を作ります。けれど、何故細胞同士は“仲間”で集まろうとするのか、ですよね。人間でも同じ趣味の人間同士がグループやサークルを作ったりしますが、細胞も同じなのですね。同種の細胞を認識するとくっつき合い、「目」は「目」になっていきます。
 おや? そうすると。つい“なぜそれは起こるのか”、「シェルドレイクの仮説」http://saturniens.air-nifty.com/sennen/2007/07/post_6fbf.htmlのようになってきます。そもそも「シェルドレイクの仮説」の「形の場」の疑問から、このシリーズは始まりました。「目」の細胞が「目」になっていくのだとしたら、「目」の「形の場」があると考えたくなります。
 しかしそうではないことは、「目」が形成されず生まれてくる奇形が存在することからも証明されます。サリドマイドの薬害では上腕から下が欠損し腕が極端に短くなって生まれてきたりします。指の欠損や多指も普通に多く見られる奇形の例でしょう。
 それはカタチというものが必ずその「形」になるとは決まっていないからですね。何らかの阻害条件があれば、違ったカタチになってしまうということです。
 モノのカタチができあがっていくのは、物理的・科学的・生物学的理由で形成されていくということ。この世界に存在するモノはすべて、なるべくして成っていったと考えます。
 そもそも同種の細胞が集まるということはどういうことかを考えましょう。「同じ仲間」であることを何が判断しているのでしょうか? ここで考えたいのは、“彼ら”が意志を持って集まるのではないということです。物質の構造として、炭素(C)と、水素(H)と、ナトリウム(N)しかなければ「アミン」が合成され、そこに酸素(O)があれば「CHONでα-アミノ酸」になるということです。
  もう一つ細胞の形成システムの中にあった、余分なモノは消し去る、排除するという細胞死(アポトーシス)の原理も忘れてはならないでしょう。また『免疫・「自己」と「非自己」の科学』多田富雄 
http://saturniens.air-nifty.com/sennen/2007/02/post_9cc5.html に書きましたように、「キラーT細胞」は、「ヘルパーT細胞」から分泌される「インターロイキン」の指令を受け、ウイルスに感染した細胞だけを攻撃し殺していきます。これも「異物排除」「仲間同士結集」システムと言えますよね。
 いづれにぜよ、そこに同じモノができる、集まるということは、同種になる環境・条件がそこに“在る”ということです。違う条件下では絶対そのようなことは起こらず、完璧にその同じ条件が整っているということが必要不可欠なのですね。 
 モノには「形の場」があって、必ずそのカタチにできていくのではなく、ほんの少しの初期条件の違いでも同じものは作られず、違ったものになっていくということです。

 では、随分横道にそれてしまいましたが、いよいよ物質の不思議、宇宙の不思議、生命の不思議、あらゆる世界の出来事の不思議、そのカタチを形成する『複雑系』へと進みましょうか。

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