『埴谷雄高作品集15 対談vs吉本隆明
「埴谷雄高vs吉本隆明」と言えば、誰しも雑誌『ananアンアン』から端を発した激しいバトルを思うだろう。あまりに低次元の(?)罵り合いが行われたことで、呆れ果て、それまで持っていた両人へのある種畏敬の念は脆く崩れ去り、二度と回復することはなかったくらい両者にダメージを与えた“論争”とも言えなくない。
埴谷雄高は、「現代思想界をリードする吉本隆明氏のファッション」と紹介されたその吉本隆明の見識を、資本主義の片棒を担ぐ“滑稽さ”として唾棄するのである。
もちろん、吉本隆明がコム・デ・ギャルソンを着て『アンアン』に登場しようと、埴谷雄高に身も蓋もなく攻撃される謂われなど無い。しかも埴谷雄高の論戦内容はあまりに前近代的で、高度成長まっただ中、1984年の『アンアン』の読者に対し、まるで『女工哀史』の時代の女性達が読む雑誌か?と思えるような陳腐な内容だったのである。
埴谷雄高は言う。
「アンアン」という雑誌は、先進資本主義国である日本の中学や高校出のOL(貴方に判りやすい用語を使えば、中級または下級の女子賃労働者です)を読者対象として、その消費生活のファッション便覧の役割をもつ愉しい雑誌です。
この“中級または下級の女子賃労働者”という表現は、もちろん吉本隆明の言説を揶揄して嘲笑的に埴谷雄高が使ったのではあるけれど、現実のアンアン・ギャルたちの実像とはかけ離れ過ぎており、ファッション・リーダーとして、むしろ最先端をいく女の子たちが当時の『アンアン』の購買者であったことを考えれば、見当違いも甚だしい論戦となって一般読者は置き去りになっていくのである。
当然売られたケンカは買わねばなるないと、『ぼったくり商品を宣伝する』と非難された吉本隆明が、では埴谷雄高のハードカバーの豪華本(この『作品集』(河出書房出版)も1980年出版であるが、一冊で¥3000!! )『ぼったくりではないのですか?』と皮肉を込め反論している。確かに埴谷雄高は決して自署を頒価な文庫本にはさせなかったと言われています。(中級または下級の賃労働者に対してはあまりに無慈悲?)
しかし、それにしてもお粗末な“ケンカ”である。仮にも“現代思想界をリードする”と言われた両人が、お互いを『ぼったくり』と罵り合う図は、ただただ読む者を呆れさせ、“現代思想界”そのものがこの時より崩れ去ったと言わざるを得ません。
埴谷雄高は、「現代思想界をリードする吉本隆明氏のファッション」と紹介されたその吉本隆明の見識を、資本主義の片棒を担ぐ“滑稽さ”として唾棄するのである。
もちろん、吉本隆明がコム・デ・ギャルソンを着て『アンアン』に登場しようと、埴谷雄高に身も蓋もなく攻撃される謂われなど無い。しかも埴谷雄高の論戦内容はあまりに前近代的で、高度成長まっただ中、1984年の『アンアン』の読者に対し、まるで『女工哀史』の時代の女性達が読む雑誌か?と思えるような陳腐な内容だったのである。
埴谷雄高は言う。
「アンアン」という雑誌は、先進資本主義国である日本の中学や高校出のOL(貴方に判りやすい用語を使えば、中級または下級の女子賃労働者です)を読者対象として、その消費生活のファッション便覧の役割をもつ愉しい雑誌です。
この“中級または下級の女子賃労働者”という表現は、もちろん吉本隆明の言説を揶揄して嘲笑的に埴谷雄高が使ったのではあるけれど、現実のアンアン・ギャルたちの実像とはかけ離れ過ぎており、ファッション・リーダーとして、むしろ最先端をいく女の子たちが当時の『アンアン』の購買者であったことを考えれば、見当違いも甚だしい論戦となって一般読者は置き去りになっていくのである。
当然売られたケンカは買わねばなるないと、『ぼったくり商品を宣伝する』と非難された吉本隆明が、では埴谷雄高のハードカバーの豪華本(この『作品集』(河出書房出版)も1980年出版であるが、一冊で¥3000!! )『ぼったくりではないのですか?』と皮肉を込め反論している。確かに埴谷雄高は決して自署を頒価な文庫本にはさせなかったと言われています。(中級または下級の賃労働者に対してはあまりに無慈悲?)
しかし、それにしてもお粗末な“ケンカ”である。仮にも“現代思想界をリードする”と言われた両人が、お互いを『ぼったくり』と罵り合う図は、ただただ読む者を呆れさせ、“現代思想界”そのものがこの時より崩れ去ったと言わざるを得ません。
これで完全にふたりの時代は終わったのだ。「ポスト・モダン」「ニュー・アカ」と呼ばれる浅田彰や中沢新一が台頭した時代になっていく。このような形で両人が消え去っていったのは残念というほかありません。
さて、この対談集は、まだそのような論戦が行われなかった二人の蜜月時に行われたものです。
さて、この対談集は、まだそのような論戦が行われなかった二人の蜜月時に行われたものです。
吉本隆明がいなかったら埴谷雄高がそれほど読まれたか? というほど、吉本隆明が評価した「埴谷雄高」を当時の人が読みました。今でこそ“吉本ばななの父”となって名声は逆転してしまったけれど、一昔前なら、吉本隆明は全共闘世代の“教祖”とまで言われた人で、その教祖的な人が埴谷雄高を評価したのだ。
恐ろしく難解であることが(ただ単に表現が分かりにくいだけのことであったとしても)当時の人に何か哲学的に思えたのかもしれません。『擬制の終焉』だとか、吉本隆明の本の題名もいささかその気があって、きっと時代がそのような“むやみやたら小難しい理論”“難解な言葉”を好んでいたのでしょう。
では、当時ふたりは何を語り合っているのか。
ここでの対談は『意識 革命 宇宙』と題されている。埴谷雄高は一貫して彼の意識、いわゆる彼の終生のテーマである精神の超克について語る。あくまでも現世のことはどうでもよく、彼にとっての大事は『白紙に向かい』『仮象へ向かう想像力』であるからだ。それに対し、吉本隆明は「一遍」だの「時衆」だの「中世の思想」「浄土宗」や「親鸞」を引き合いに出し、埴谷雄高と咬み合わない話しをしている。
恐ろしく難解であることが(ただ単に表現が分かりにくいだけのことであったとしても)当時の人に何か哲学的に思えたのかもしれません。『擬制の終焉』だとか、吉本隆明の本の題名もいささかその気があって、きっと時代がそのような“むやみやたら小難しい理論”“難解な言葉”を好んでいたのでしょう。
では、当時ふたりは何を語り合っているのか。
ここでの対談は『意識 革命 宇宙』と題されている。埴谷雄高は一貫して彼の意識、いわゆる彼の終生のテーマである精神の超克について語る。あくまでも現世のことはどうでもよく、彼にとっての大事は『白紙に向かい』『仮象へ向かう想像力』であるからだ。それに対し、吉本隆明は「一遍」だの「時衆」だの「中世の思想」「浄土宗」や「親鸞」を引き合いに出し、埴谷雄高と咬み合わない話しをしている。
埴谷雄高にとっては俗界を超越し新たな精神史を築くこと、それを「小説」で体現しようとしているのであって、それ以外のことには関心がない。埴谷雄高は自分の考えることも宇宙の精神史の一環の中にあると考えて話しているのだけれど、そのことは吉本隆明にはまったく伝わっていないように思える。吉本隆明は民衆の暮らす地べたに降りたところにこそ実践する思想もあると考えていたからだろう。
さて、最も注目したのは、埴谷雄高が当時の共産党幹部宮本顕治らがスパイ事件で仲間を殺した事件について語っていることだ。この会談は1975年に行われており、当時すでに70年学生運動は衰退し、各セクト間で凄惨な内ゲバが行われていた時代であったということ。また赤軍派がハイジャックをし北朝鮮に飛び、残された残党が京浜安保共闘と組んで連合赤軍を組織し、榛名山の麓で山岳ベースと称た武闘訓練の際、仲間を残忍にリンチして殺した事件の後であるということ。そういった影響もあってか、『スパイと内ゲバについて』と題して話し合われている。
辛うじて私刑から逃れた連合赤軍派のメンバーがヤマハの保養所に立てこもり、機動隊と攻防した事件はテレビで逐一放送され大きく話題になり、この時逮捕されたメンバーが語った恐るべき殺人のあらましは『彼女たちの連合赤軍』 大塚英志 文芸春秋
http://saturniens.air-nifty.com/sennen/2006/11/post_3a84.html にも書きましたので、読んでください。
そもそも埴谷雄高の時代の共産主義運動だって、吉本隆明の60年安保の時代だって、70年の連合赤軍事件の首謀者たちだって、元はと言えば社会の偽善・欺瞞・不正、そうしたことに反駁し、ただ純粋に世の中の政治の在り方を変えたいと熱く願った末の運動であったのだ。しかし、それが何故殺人にまで到る「私刑(リンチ)事件」となるのか?
埴谷雄高の経験した「共産党スパイ事件」の発端は、仲間のある人物を官憲が差し向けたスパイではないかと疑った事から始まっている。確かに警察(公安)はこうした組織の情報を得るために、スパイを差し向けることはよくある。こうした疑惑が出るだけで組織全体が疑心暗鬼になる。確証が無くても、いや確証が無いからこそ、党の幹部としては疑いだけで責め立て、白状させようとしたのだろう。結局死に至らしめたこの事件後、埴谷雄高は転向してゆくのだが、こうした「リンチ事件」はここだけの特殊な話しではない。
http://saturniens.air-nifty.com/sennen/2006/11/post_3a84.html にも書きましたので、読んでください。
そもそも埴谷雄高の時代の共産主義運動だって、吉本隆明の60年安保の時代だって、70年の連合赤軍事件の首謀者たちだって、元はと言えば社会の偽善・欺瞞・不正、そうしたことに反駁し、ただ純粋に世の中の政治の在り方を変えたいと熱く願った末の運動であったのだ。しかし、それが何故殺人にまで到る「私刑(リンチ)事件」となるのか?
埴谷雄高の経験した「共産党スパイ事件」の発端は、仲間のある人物を官憲が差し向けたスパイではないかと疑った事から始まっている。確かに警察(公安)はこうした組織の情報を得るために、スパイを差し向けることはよくある。こうした疑惑が出るだけで組織全体が疑心暗鬼になる。確証が無くても、いや確証が無いからこそ、党の幹部としては疑いだけで責め立て、白状させようとしたのだろう。結局死に至らしめたこの事件後、埴谷雄高は転向してゆくのだが、こうした「リンチ事件」はここだけの特殊な話しではない。
“仲間の粛清”はいつでも行われることなのだ。それは組織がまだ新しく未熟であればあるほど起きやすい。それが合法的な組織であれば除名や除籍をすれば済むことかもしれないのだが、非合法な組織である場合、除名や排斥した者がいつどのように寝返るかもしれないという恐怖心から、抹殺を考える場合が多いのだ。警察への密告を怖れれば怖れるほど、内部での疑心暗鬼は大きくなる。また組織のリーダーが強権的で決して自分の考えと意見を異にする者を許さなかった場合、スターリンがトロッキーの暗殺を企てたように、対立者を亡き者と、粛清を実行する。
そこにあるのは人間の弱さであり、局面に立つときの人間の一面とも言える。理性ではなくただ「許せない。」という感情だ。
そこにあるのは人間の弱さであり、局面に立つときの人間の一面とも言える。理性ではなくただ「許せない。」という感情だ。
吉本隆明はこうした「粛清」、共産党であれ、革命組織であれ“反革命分子”と内部で絶滅し合う「内ゲバ」「リンチ」を絶対認めないという話しをしている。
『その論理が出てくるということは、僕は末期的症状、その象徴だとしか受け取れない、それ以上の意味はつけられない。』と。更に、結局そうした「党派の論理」そのものが『究極的には、やっぱりだめなんじゃないかな、』と言っている。
これはスパイがいるいないに関わらず、どんな党派であれ内包している「セクト主義」の問題でもある。更に言えば、反対分子を排除するというのは、どんな小さなグループにも起きる問題である。意見を異にする人間が集まれば、反目は当然起こるのだ。そうなると理性では無くなる場合が多い。純粋に思想的な違いと言うより、ただ感情的に「あいつが許せねえ」といった個人的なものになっていく。
権力者は対立者を排除する。従うか従わないか、選択はそれしかない。しかしそうした排除や抹殺の理論では何も解決できない。組織は維持できずむしろ弱体化し内部から崩れていく。疑いを持ってみれば、党内すべての人をスパイと疑わなければならなくなっていくだろうし、「内ゲバ」で相手を殺し合っているばかりでは真の「革命」から遠のくばかりである。
ここでの吉本隆明の結論は、そういうことをやっているようじゃ話しにならん、ということで、一方の埴谷雄高は吉本隆明こそ、そういったことを「駄目だ」と睨んでいなければならない『最後の人』だと言って終わっている。
“最後まで「そんなことじゃ駄目だ」と睨んでいる”はずの吉本隆明も、あの『アンアン』の論争以後、登場しなくなって久しい。“中級または下級の賃労働者”は今や海外で賄う世の中になった。今月発売の最新号『anan』特集は「07年あなたが選ぶ 好きな男・嫌いな男」である。
埴谷雄高が聞いたら激怒しそうな内容と言えるかもしれないですよね。「革命」など隔世のまた隔世。
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