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2008年1月11日 (金)

『マラドーナ自伝』金子達仁 監修

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いきなりの「マラドーナ」です。

今までもサッカー選手の本を多く読んできました。中村俊輔、リトバルスキー、バッジョ,etc,etc,...。サッカー以外でも、気になったスポーツ選手の自伝物はたいてい読んできました。どんなスポーツにしろ優れた一流選手はみなそれなりに魅力ある生き方をしています。しかし「マラドーナ」、あの麻薬で逮捕され悪名高いマラドーナです。
 実はサッカーに興味を持ち始めたのはトルシエがワールドカップを指揮した日本韓国共同開催の時からなので、マラドーナの全盛時代を知りません。サッカーにはまったく興味が無かったのに、それを激変させたのは、実はワケがあります。
 
  それまで名前も知らなかったのに、日本代表選手に選ばれなかった中村俊輔が多くの報道陣の前でソファに座り記者会見をしているニュースを見た瞬間から、イタリアへ出国した後の彼の試合も気にかけるようになりました。彼の代表落ちの記者会見、あれがなければ一生サッカーとは無縁で、サッカーの試合も観ることはなかったと思うのです。
 落選を知りテレビの前で務めて平静を装って話す言葉とは裏腹に、中村俊輔の悄然とした顔が強く印象に残りました。それはそうでしょうね。完全に代表入りと思われていたのに外された。しかもそれは四年に一度しか出場機会のないワールドカップ。日本で初めて開催される大会だったというのに、彼は選ばれなかったのですから。
 中村俊輔はマラドーナを憧れの選手と言っていますが、何せマラドーナが活躍した時代はまだサッカーにまったく感心がなく彼の現役時代を見たことがなく、地に落ちた英雄としてブクブクに太ったマラドーナしか知りませんでした。悪い印象しか持っていなかったのです。
 ところが、本屋さんでパラパラ立ち読みしながらページをめくっていくと、なんと、『チェ』ということが書いてあって、「“チェ”? って、あの“チェ・ゲバラ”?」と読み進むと、やはりゲバラのことが書いてあるのです。
 「ええっ!」「マラドーナが“チェ・ゲバラ”?」って、「何々??」 これは買わにゃなるまい、と、買って参りました。
 
  イヤハヤ、マラドーナがゲバラについて語っているのです。それだけではありません。なんと、マラドーナは右腕にゲバラの入れ墨さえしているのです。それほどの入れ込みにも驚いたのですが、もっと驚いたことはアルゼンチンにおいてゲバラは反体制のテロリスト、悪の権化みたいに教えられているということでした。
 ところがマラドーナはイタリアでゲバラの旗を見て、興味をもってゲバラのことを調べ、本を読んだとあります。(何故か浦和レッズの応援席にも必ずゲバラの旗がありますよね。)
  裕福な家に生まれ医学生だったゲバラがオートバイで旅行の途中貧しい南米の原住民の虐げられた暮らしやハンセン病患者の生活を見て革命に目覚めていく姿はこのブログ【チェ・ゲバラとハンセン病】http://saturniens.air-nifty.com/sennen/2005/11/post_6c9c.html にも書きましたのでぜひ読んでください。
  雨の日は家の外より家の中の方が激しく雨漏りがしたという貧しい家に育ったマラドーナは、そうしたゲバラにいたく心を惹かれたようで、熱く熱くゲバラについて語っています。
 ゲバラに共感したばかりではなく、カストロにも会いに行ったようで、野球しか知らないカストロとサッカーについてチンプンカンプンな会話をしているのも面白いです。

  ひとりの少年がサッカーが大好きで日が暮れて外が暗くなってもボールを蹴り続ける。これはテニスのナブラチロワが書いた自伝『マルチナ』でもそうだったけれど、大好きで大好きで楽しくて楽しくてといった、そうでなくては上達もできないでしょうし、一流選手にはなっていかないのでしょうね。
 少しでも上手くなりたい、練習がしたい。それは嫌々ではなく、強制でもなく、むしろ自分から進んで時間さえあればボールと遊んでいたいといった風に、彼らは練習に関して言えばかなりストイックに自分に負荷をかけ練習することが大好きな人種なんです。
  マラドーナと言えば、有名な5人抜きのドリブルがありますが、あれほどの天才なら社会人としては失格だったかもしれないけれど、フィールド内では少なくとも万人に認められていただろうと想像しますが、予想外のことが多く書いてありました。
 それはどんなスポーツにも言えることですが、審判の判定には疑問が生じることが多くあります。とはいえ、あのワールドカップで審判達の八百長がまかり通っていたようなのです。勿論そういうのはサッカーばかりではないし、マラドーナでさえ審判の偏った判定に苦しめられていたことを書いています。ま、反対に完全なハンドだったのに点を入れたこともあったので、審判の見誤りも時としては有り難いことだったかもしれません。
  ただ、一番やりきれないことは、監督次第で代表に登用されたりされなかったりしたことで、マラドーナでさえもそういった憂き目に合っているのです。
  監督の構想によっては攻撃的布陣守備的布陣と代わりますから、普段の試合でもそれによって出番がなかったり、途中交代させられることはありますが、これがワールドカップの代表に選ばれるか選ばれないかということになると違います。選手にとっては4年に一度の一大事。サッカー年齢は三浦カズ選手は別として野球選手より短いですから。U-22より年上の選手の4年先はどうなっているか分かりません。それを監督の腹一つで出る出ないが決まってしまうのですから酷い話しです。だけれど監督次第で試合に出して貰えないことはよくある話しで、ベッカムもそうだったし、マラドーナでさえそうだったのですねえ。
 彼を代表に入れない監督がいるとは驚きでした。とはいえ選手の移籍が監督との不仲だったりするのはよくあることで、試合に出られなければ選手にとっては悲劇そのもの。選手の実力がひじょうに劣っているというなら別ですが、ソリが合わずに監督に干され出場機会を無くしたりすれば、誰だって他のチームに行きたくなるでしょう。高額の契約料で彼は移籍していきますが、それはお金の問題ではなかったとマラドーナは言っています。監督やオーナー、チームとのゴタゴタ、そうした問題で悩みたくないという理由で移籍していきます。
  
  この本は“自伝”なので、マラドーナが随分チャーミングに描かれています。わんぱくイタズラっ子のようで憎めない人物です。
 マラドーナが世界の100選手を選んでいるのですが、サッカーを楽しんでいるかいないかで評価しているのも面白い。マラドーナの評価では、ジダンは楽しんでいるように見えないので、『プレーする喜びが欠けてるんだ。』と言っています。彼にとってサッカーとは何よりも自ら楽しんできたことなのでしょうね。
  とはいえ、マラドーナと麻薬が切っても切れないのも事実。 『ドラッグは、ちょっとしたお遊びとして始めたんだよ。』と彼は書いています。これがドラッグの一番恐いところで、“軽い気持ち”が“絶対に抜け出せない地獄”となるのです。
 『もうどっぷり浸かってしまっている今日、僕は後悔しているし、また何とかして克服しなければならない。』とも。
  コカイン中毒になったことは素直に認め、自分の汚点として語っている。そのために失ったものも大きいでしょう。ただ、分かっていても止められないのが麻薬の“麻薬”たる所以。逮捕され出場停止になり、それでもやはりどうしても止められなかったようで、そのことを苦々しく語っているのが印象的でした。
 マラドーナが日本に入国できなかったためアルゼンチン代表が全員来日を拒否したことは有名で、本書ではそのことを「差別」とかなり怒っていたが、ま、入国できなかったのは「差別」ではなく、ビートルズのポール・マッカートニーも大麻所持で空港内で足止めされ一歩も外に出られないまま、本国に送り返されたこともある。日本はそのあたりの審査はかなり厳しい。
 
  サッカー選手としての強さと、一方で麻薬に縛られる人間としての弱さ、快活さを超えた無放縦さは長所でもあり欠点でもなり、破格と言えば破格の天才なのだろう。
 あのマラドーナさえ人種差別的なヤジを受けたとあり、だからこそ虐げられた原住民を見て革命に命を燃やしたアルゼンチンの英雄ゲバラに共感したのだろうし、勝つという激しい闘争心も人一倍あったのかもしれない。「マラドーナ」という名前は今もサッカー界の金字塔である。 
 
   実は2008年元旦はサッカー「天皇杯」をテレビで観戦していました。川崎がどうしても点を取れない中、鹿島が点を取って優勝。この“どうしても取れない1点”というのは、ほんの少しの差であるように見えて、実はものすごく大きな差であるように思うのです。
 決定力不足ということがよく言われますが、一点突破できる“カカ”や“マラドーナ”が必要なのだ。
 同じようにお正月には高校生サッカーの準々決勝・準決勝もしていまして、津工業が広島としていた時は、まるでオシムサッカーの体現かのようにパスを繋ぎ華麗なサッカーで準決勝に進んできました。
 アナウンサーがしきりに『津工業のマラドーナ!』と事ある毎にある選手のことを叫んでいましたが、流経大柏との対戦では、ことごとくそのパスがカットされ、ドリブルなどまったくさせてもらえないまま6対0という惨敗に終わったのです。
 では津工業のサッカーは間違っていたのだろうか? 何故流経大柏にはパスを繋ぐサッカーは通用しなかったのだろう?
 きっと地区大会の時から、ずっと津工業はその同じ方法で闘って勝ち抜いてきたのだろうし、それ以外のサッカーなど考えもしなかったのだと思う。ただ自分たちより力のないチームと闘っていた時はそれで勝ち進んできたのだから正しい戦法だったとも言えるでしょうが、自分たちよりもっと強いチームにぶつかった時には通用しなかった。
 流経大柏は津工業に悠長なパス回しなどさせてくれなかったし、素早くボールを奪いに来た。津工業はせめてロングパスなどで相手陣をどんどん崩していけば良かったかもしれないけれど、最後まで律儀に自分たちのサッカー=パス回しで繋ごうとしていた。でもスピードが違っていたのでボールはすぐ奪われ、6点もの大量得点を許してしまった。
 歴然の差というもの、津工業がそれまで闘ってきたスピードのリズムと流経大柏のスピードは全然違っていたのだと思う。
 日本代表が世界と闘うときの図式はまさにこれなのだ。先のワールドカップで日本がオーストラリアやブラジルと闘った時も、浦和がミランと闘った時も、個々のスピードや技術が全く違っていた。
 カカは浦和のディフェンスを引きつけながらわずかの隙間をついてボールを蹴り出した。パス回しは相手を上回る技術、スピードがあってのパス回しなのだ。
 で、なんと、これまたこの局のアナウンサーはですね、『流経大柏のメッシ!!』とやたら叫んでいました。14日いよいよ流経大柏と藤枝東の決勝戦。この“メッシ”がほんとうのメッシになれるのかどうか、サテハテ楽しみですね。

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2008年1月12日 (土)

『セレソン ドゥンガ』

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 言わずと知れたブラジル代表監督、元ジュビロの誰をも戦々恐々とさせた闘将。ピッチの上でもただひたすら選手を叱っていたようなイメージがあるドゥンガが、そのまま本書でも日本サッカーに対して苦言を呈しています。 
   それは『マラドーナ自伝』のところで書いた高校生サッカー、日本のJリーグにおける決定的な問題点、足りないところでもあり、何をどうしなければならないか、根本的な指摘がなされています。
 
  常々思っていることですが、Jリーグの試合を観ていると「何でこんなにボールをコントロールできないんだ?」とか、「ボールを動かすことを商売としているんでしょうが?」と思うことがよくあります。トラップミス然り、仲間にボールを落とせずパスカットされるなど日常茶飯事。ドゥンガの指摘もそこにあるのです。
 
 『日本にはパスミスが多く、またポジショニングが悪い。』
 『パスミスほど相手を楽にするものはない。』
 『いなければならないポジションに選手がいない。』
 
  相手はこれで一気にカウンター攻撃にでてきます。この正しいポジショニングというのはフリーキックやコーナーキックでも同じで、ところがボールの動きに気をとられ敵の選手の動きを見失うことが多い。
 
 『真剣な国際試合ではシュートチャンスは2回、あるいは3回しかない。それがワールドカップになるとさらに少なくなることもある。その貴重なチャンスをこうも簡単に逃していては勝てる試合などなくなってしまう。』
 『アタッカーの決定力不足』
 
 シュート数は圧倒的に多いのに、ことごとく外していく日本の選手。
 これらすべて、ドゥンガは日本人選手のトレーニング不足を言っています。
 
 『では選手は何をトレーニングすべきなのか。基本的なボールコントロール、トラップ、パス、ヘディング、センタリングといった、すべての土台になるようなトレーニングである。』
 
 サッカーを始めたばかりの少年に教えるような言葉ですよね。しかしJリーグを見ていると、まさにこれに尽きるのです。「どこへ蹴っているんだ?」というようなボールの出し方はしょっちゅうで、受けたボールを止めることができず、すぐ奪われたり、トラップミス、パスミスなど日常茶飯事。その割に自分の力を過信してか後ろも見ず敵にヒールキックをしてボールを与えてしまったり、キープしすぎて出し所を無くし敵に挟まれ取られてしまうとかネ。華麗な技より基本の技。当たり前のことがまだされていないというのが実状でしょうか。プロらしかなぬボールさばき。
 
 ドゥンガは日本には経験が不足していると言っています。
 
 『国外で行う国際試合の経験が少なすぎる。』
 『南米やヨーロッパでは試合中のプレッシャーが激しいため、一瞬の、かけらのミスも許されない。しかし日本ではそれが許されている。』
 
 自分たちと互角、あるいはそれ以下の弱い国との親善試合などまったく意味を持ちません。だから浦和がミランのようなヨーロッパチャンピオンと闘えたことは幸せなことだったと思います。決定的に不足していたものがよく見えた試合だったと言えるでしょう。
 
 『私は何度でも警鐘を鳴らそう。残念ながらその状況は現在も変わっていない。日本はワールドカップへの出場が決まったことで、すべてがうまくいっていると思っている。だがまだ日本チームは多くの欠点を直す必要がある。』
 
 この本が書かれたのは、丁度現在の日本代表監督の岡田監督が急遽代理監督となりフランス大会への出場を決めた頃のことなのですが、それを過去の苦言と一蹴できないところが悲しいところです。日本のサッカーは今もドゥンガが指摘する通りですし、世界の強豪と闘うにはあまりに遠く、まだまだ足りないところがいっぱいあるでしょう。
 ドゥンガは『勝利は多くの欠点を隠してしまう』と言っています。
 負けることは大きな意味がある。ドイツワールドカップで惨敗したからこそ、今の高原や中村俊輔があると言ってもいいですし、いよいよワールドカップ予選が始まりますので、ぜひぜひ勝って本大会に行って欲しいと思っています。

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